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パート先のこと

百十二回

どうも、
「いらっしゃいませ」を自宅まで持ち帰る女、ミサキです。

書店のレジ。

入口のチャイムが鳴る。

ピンポーン。

「いらっしゃいませ」

また鳴る。

ピンポーン。

「いらっしゃいませ」

この日は、
数えてみた。

午前中、
三十八回。

昼を過ぎて、
六十一回。

閉店までで、
百十二回。

百十二回。

そのうち一回は、
入ってきた人が
忘れ物を取りに来た
店員さんだった。

私は、
言った。

「いらっしゃいませ」

同僚が、
笑いをこらえている。

後半は、
もう口が先に動いている。

「いらっしゃいませ」が、
「ぃらっしゃいませ」になり、
「らっしゃせ」になる。

店長が通りかかる。

「ミサキさん、
声、渋くなってるよ」

自転車で帰る。

信号待ちで、
小さく練習する。

「ただいま」

ちゃんと言えた。

玄関の鍵を開ける。

リビングから、
夫が顔を出す。

「おかえり」

私は言った。

「いらっしゃいませ」

間。

夫は、
少し考えてから言った。

「……お邪魔します」

返しとして、
正しい。

悔しい。

子どもが走ってくる。

「おかえり!」

「いらっしゃいませ!」

子どもが笑う。

「ママ、お店の人みたい」

足元で、
犬が尻尾を振っている。

何も言わない。

ただ、
出迎えている。

ではまた。

「ただいま」は、
言い損ねたまま。

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