裏の文字
どうも、
来客のたびに機械をひっくり返す女、ミサキです。
玄関のチャイム。
夫の同僚が、
家族で遊びに来た。
リビング。
お茶。
子どもたちの声。
奥さんが、
スマホを見ながら言う。
「すみません、
ワイファイって、
お借りできますか?」
もちろん。
もちろん、
と言った。
言ったが、
パスワードは覚えていない。
ルーターの裏に
書いてある。
立ち上がる。
棚の上の、
白い箱。
持ち上げる。
ひっくり返す。
ランプが、
チカチカしたまま
天井を向く。
裏。
小さい文字。
十六桁。
英字と数字が、
ぎっしり。
読む。
「エー、
ビー、
……大文字の、アイ」
これは、
大文字のアイか、
小文字のエルか。
どっちだ。
ルーターを
目に近づける。
奥さんも
身を乗り出す。
二人で、
白い箱の裏を
覗いている。
そういえば、
設置した日に
裏を写真に撮った。
その写真が
どこにあるのか、
わからない。
夫が来る。
「貸して」
ひっくり返して、
打ち込んで、
一発で通った。
なぜ。
私は、
十六桁の
八桁目で
止まっていたのに。
夫は、
「そこは、
エルだよ」
と言った。
どうして
わかるの。
裏の文字。
一年に一回しか
読まないのに、
なぜか毎回
同じところで
つまずく。
ルーターを
棚に戻す。
今度は、
前を向けて。
ランプが、
こっちを見ている。
八桁目は、
来年も
たぶん読めない。
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